買わなかった馬券だけ当たって見える理由|「買っていれば当たっていた」が増えていくのはなぜか

悔しがる様子 競馬データの基礎

競馬をしていると、不思議なくらい「買わなかった馬券」が当たって見えることがあります。

朝の時点では気になっていた馬。

最後に消した馬。

単勝を買おうか迷ってやめた馬。

ワイドの相手候補には入っていたのに、点数を減らすために外した馬。

そういう馬に限って走る。

そしてレース後、

「やっぱり買えばよかった」

と思います。

一方、実際に買った馬券はどうでしょうか。

こちらは普通に外れます。

本命が4着。

相手抜け。

軸は来たのに紐が違う。

買った馬券は外れて、買わなかった馬券ばかり当たる。

競馬を続けていると、

「自分は買う馬券を間違えているだけなのでは?」

と思いたくなることがあります。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

今回は、なぜ「買わなかった馬券だけ当たって見える」のかを考えてみます。

  1. 買った馬券と買わなかった馬券では記録される範囲が違う
  2. 買わなかった外れ馬券は「存在しなかったこと」になりやすい
  3. 「買っていれば当たり」は無限に作れる
  4. 結果を知った後は、その馬券が簡単に見える
  5. 「最後に切った馬」が来ると特に悔しい
  6. 点数を減らすほど「切った馬が来る」は起きる
  7. 当たりを逃した痛みは、外れを回避した喜びより強い
  8. 高配当ほど記憶をさらに歪める
  9. 仮想収支はいつも都合よく計算される
  10. 「予想は合っていた、買い方だけ間違えた」は本当か
  11. 「ワイドだったかぁ」は後からなら簡単
  12. SNSを見るとさらに「みんな買っていた」に見える
  13. 「買わなかったら来る」は本当に検証できる
  14. AIには「買えばよかった」がない
  15. ただし「買わなかった馬の分析」はかなり重要
  16. 一頭の「買えばよかった」でルールを変えない
  17. 買わなかった馬券を全部買えば後悔は減る
  18. 「見送り成功」も記録すると印象が変わる
  19. 「買わなかった」は損失ではない
  20. 「次は見逃したくない」が買いすぎを生む
  21. 本当に確認したいのは「買わないルール」の精度
  22. 「買わなかった馬券回収率」を出してみる
  23. 人間の後悔も一つの特徴量にできるかもしれない
  24. 見送った後に確認するのは「結果」ではなく「理由」
  25. 良い見送りでも勝ち馬は出る
  26. AIは「正解馬を全部買う」ためのものではない
  27. まとめ

買った馬券と買わなかった馬券では記録される範囲が違う

まず一番大きいのは、比較対象がそもそも公平ではないことだと思います。

例えば一つのレースで、買おうか迷った馬が5頭いたとします。

最終的に2頭だけ買った。

買った2頭は外れた。

買わなかった3頭のうち1頭が勝った。

すると記憶には、

「買った馬券は外れた」

「買わなかった馬が勝った」

が残ります。

しかし、買わなかった残り2頭も普通に負けています。

そこはあまり気になりません。

つまり買った馬券については、

当たりも外れもすべて経験します。

一方、買わなかった馬券については、

当たったものだけが強く意識される

傾向があります。

この時点ですでに比較が偏っています。

買わなかった外れ馬券は「存在しなかったこと」になりやすい

馬券投票カード

例えば土曜日に10レース予想したとします。

各レースで、

「この馬も少し気になる」

という候補が2頭ずついた。

実際には買わなかった。

合計20頭です。

その20頭のうち18頭が負け、2頭が勝ったとします。

すると人間は、

18頭の外れ候補より、

2頭の勝った候補を強く覚えます。

「東京8Rのあの馬、買おうと思ってたんだよな」

「京都11Rも最後に切った馬が勝った」

となります。

そして夜になると、

「今日、買わなかった馬ばかり来た」

という感覚になります。

しかし数字で見れば、

買わなかった20頭のうち18頭は来ていません。

本当は、

買わなかった馬券もほとんど外れている

のです。

ただ、お金を賭けていないので外れとしてカウントされないだけです。

「買っていれば当たり」は無限に作れる

的中

競馬には多数の馬券種があります。

単勝。

複勝。

枠連。

馬連。

ワイド。

馬単。

三連複。

三連単。

さらに組み合わせまで含めると、一つのレースに大量の「買えたかもしれない馬券」が存在します。

例えば本命馬が2着だった。

すると、

「複勝なら当たっていた」

と思えます。

本命と対抗が1着・3着。

なら、

「ワイドだったら当たっていた」

三連複の軸2頭が来たけれど相手抜け。

なら、

「あとあの馬を入れていれば当たっていた」

となります。

結果を見てからであれば、当たり馬券はいくらでも見つかります。

当然です。

レースが終わった後には正解が分かっているからです。

つまり「買っていれば当たっていた」は、かなり簡単に作れる仮想馬券です。

結果を知った後は、その馬券が簡単に見える

レース前、

A馬単勝。

B馬複勝。

A-Bワイド。

A-C馬連。

どれにするか迷った。

結果はAが2着、Bが3着。

するとレース後には、

「A-Bワイドでよかったじゃん」

と思います。

結果を知っている状態では、その選択肢が非常に簡単に見えます。

しかしレース前には、

Aが勝つかもしれない。

Bは飛ぶかもしれない。

Cが来るかもしれない。

という複数の未来がありました。

その不確実性を忘れて、

結果が分かった後の一本だけを見る。

これは後知恵の影響です。

レース後の自分から見ると正解は明確ですが、レース前の自分には明確ではありませんでした。

「最後に切った馬」が来ると特に悔しい

電車を逃した人

買わなかった馬の中でも、特に印象に残るのが最後に消した馬です。

三連複で6頭BOXを考えていた。

点数が多いので5頭にした。

外した1頭が3着。

これはかなり悔しいです。

なぜなら、

「自分は正解のすぐ近くまで行っていた」

と感じるからです。

最初から全く検討していなかった馬が来た場合は、

「それは無理」

で終われます。

しかし最後まで迷っていた馬なら、

「自分で正解を捨てた」

という感覚になります。

同じ外れでも心理的な重さが違います。

このため、「買わなかった馬券が当たる」という印象の中には、

選択から外した直後の後悔

がかなり含まれていると思います。

点数を減らすほど「切った馬が来る」は起きる

怒る老人

ここで少し冷静に考えてみます。

三連複の相手候補が7頭いる。

しかし全部買うと点数が多い。

そこで3頭まで削った。

4頭を消します。

当然、その4頭のどれかが来る可能性はあります。

むしろ買い目を絞るということは、

当たり候補も同時に捨てる行為

です。

馬券を絞る以上、切った馬が来ることは避けられません。

それを毎回、

「また切った馬が来た」

と感じていたら、買い目を絞ること自体ができなくなります。

問題は切った馬が来たことではなく、

その馬を切った判断が長期的に妥当だったかです。

当たりを逃した痛みは、外れを回避した喜びより強い

例えば迷った馬を買わなかったとします。

その馬が負けた。

本来なら、

「買わなくてよかった」

と思ってもいいはずです。

しかし実際には、ほとんど感情が動きません。

一方、その馬が勝った。

すると、

「買えばよかった」

と強く思います。

つまり、

買わなかった馬が負けた喜び

より、

買わなかった馬が勝った後悔

の方が大きい。

そのため記憶も非対称になります。

10回見送って9回外れ、1回当たった。

数字上は見送りがかなり正しかった。

それでも、その1回の高配当だけが強く残ります。

結果として、

「見送ると来る」

という感覚が作られます。

高配当ほど記憶をさらに歪める

はずれ馬券を漁る哀れな人

この現象は穴馬でさらに強くなります。

単勝2.5倍の馬を買わずに勝たれても、

「まあそうか」

で終わることがあります。

しかし単勝25倍の馬を最後に消して、その馬が勝ったらどうでしょうか。

しばらく忘れません。

「あれ買ってたら2万5,000円だったのに」

と金額まで計算します。

しかも実際には100円しか買わなかったかもしれないのに、

「500円買っていたら12万5,000円」

と仮想の購入額まで増え始めることがあります。

こうして、買わなかった馬券の利益は頭の中でどんどん大きくなります。

実際には存在しなかった利益なのに、

失った利益のように感じる

わけです。

仮想収支はいつも都合よく計算される

競馬で面白いのが、買わなかった馬券の仮想収支です。

「この単勝買ってたら+8,000円」

「このワイドも取れてた」

「三連複なら3万円だった」

これを全部合計すると、

「今日、本当なら5万円勝ってた」

となります。

しかし、かなり不思議な計算です。

その馬券を実際に全部買っていたら、外れ馬券も大量に増えていたはずです。

さらに、1レース目で大きく勝っていたら、その後の買い方も変わっていたかもしれません。

つまり、

実際には買わなかった当たりだけを足し、

実際には買わなかった外れは足さない。

この計算なら、誰でも「本当なら勝っていた」状態を作れます。

「予想は合っていた、買い方だけ間違えた」は本当か

競馬でよくある言葉に、

「予想は合っていたんだけど、買い方が悪かった」

があります。

確かにそういうことはあります。

本命1着。

対抗3着。

なのに単勝ではなく馬連を買って外れた。

この場合、馬の評価自体は悪くなかったかもしれません。

しかし、この言葉を毎回使うと危険です。

単勝で外れれば、

「複勝だった」

馬連で外れれば、

「ワイドだった」

ワイドで外れれば、

「複勝だった」

三連複で外れれば、

「馬連だった」

結果に合わせて最適な馬券種を後から選べるからです。

本当に買い方が悪かったのかを検証するなら、レース前にルールを固定しておく必要があります。

「ワイドだったかぁ」は後からなら簡単

例えば本命A、対抗B。

Aが1着、Bが3着。

馬連を買って外れた。

すると、

「ワイドだったかぁ」

となります。

逆にAが1着、Bが2着だったら、

「馬連でよかった」

と思います。

この二つは結果によって評価が変わっています。

しかしレース前に重要なのは、

馬連の期待値。

ワイドの期待値。

それぞれのオッズ。

的中確率。

です。

結果を見た後に当たり馬券を選ぶのではなく、レース前の情報だけでどちらに価値があったかを見る必要があります。

買わなかった馬券が当たって見える問題は、馬の選択だけでなく馬券種でも発生します。

SNSを見るとさらに「みんな買っていた」に見える

レース後にSNSを見ると、

その勝ち馬を買っていた人が大量に出てきます。

「単勝いただきました」

「この馬しか見えなかった」

「予定通り」

という投稿が流れます。

すると、

「自分だけ買ってなかったのか」

という気持ちになります。

しかし当然、SNSにはその馬を買わなかった人や外した人の投稿はあまり出ません。

さらにその人自身も、他のレースでは大量に外しているかもしれません。

それでも、そのレースだけを見ると、

「みんな正解していた」

ように見えます。

自分の買わなかった馬券に対する後悔と、他人の的中報告が組み合わさると、

「簡単な馬券を自分だけ逃した」

という感覚が強くなります。

「買わなかったら来る」は本当に検証できる

ここで競馬AIの観察ログらしく考えるなら、この感覚も数字にしてみると面白そうです。

例えば予想時に、

本命。

買う候補。

最終的に消した馬。

完全に評価外。

を保存します。

そして100レース後に、

購入馬勝率。

最終消し馬勝率。

その他の馬勝率。

を比較します。

もし本当に「最後に消した馬」が異常に好走しているなら、自分の絞り込みルールに問題がある可能性があります。

例えば、

p_winは高いのにオッズだけを理由に消しすぎている。

人気薄という理由で最後に切っている。

騎手変更を過剰評価して消している。

といった癖が見えるかもしれません。

逆に、最終消し馬が普通に低成績なら、

「切った馬ばかり来る」

という感覚は記憶の偏りだった可能性があります。

AIには「買えばよかった」がない

AIが出した予測をそのまま使うなら、

購入条件を満たした。

買う。

満たさなかった。

買わない。

それだけです。

買わなかった馬が勝っても、

「惜しかった」

とは思いません。

もちろんモデル改善のために、

なぜ低評価だったのか

は検証できます。

しかし、

「今日だけは買えばよかった」

という感情はありません。

ここは人間との大きな違いです。

人間は結果を見た後に、自分の過去の判断を書き換えたくなります。

AIのルールベース運用なら、少なくともその書き換えを防ぎやすくなります。

ただし「買わなかった馬の分析」はかなり重要

感情的に後悔する必要はありませんが、見送った馬を無視する必要もありません。

むしろモデル研究としては有用です。

例えばAIが、

p_win 0.14。

期待値条件にはわずかに届かず見送り。

結果1着。

だった。

これが何度も続くなら、閾値が厳しすぎる可能性があります。

あるいは、

AI順位5位以下。

単勝10倍以上。

見送り。

しかしこのグループが長期的に高回収率。

なら、モデルの順位だけを購入条件にするのが間違っているかもしれません。

つまり、

「買わなかった馬が来た」を後悔ではなく検証データに変える

ことが重要です。

一頭の「買えばよかった」でルールを変えない

例えば単勝20倍の馬を見送った。

その馬が勝った。

すると次週から、

「10倍以上でも気になる馬は買おう」

とルールを変えたくなります。

しかし、その一頭だけで変更すると危険です。

同じ条件で見送った馬が過去100頭いて、そのうち99頭が負けていたかもしれません。

一つの強烈な成功例だけを見てルール変更すると、

「買わなかった後悔をなくすためのルール」

になってしまいます。

目的は後悔をなくすことではありません。

長期的な期待値を高めることです。

買わなかった馬券を全部買えば後悔は減る

極端な話、

「買えばよかった」

をなくす最も簡単な方法は、全部買うことです。

気になる馬は全部単勝。

相手候補も全部入れる。

単勝・複勝・ワイド・馬連も全部。

これなら「買っておけば」は減ります。

しかし購入額が急増します。

的中率は上がっても、回収率が下がる可能性があります。

つまり後悔と馬券効率はトレードオフです。

外れを減らすために買い目を増やすと、資金が減る構造

になり得ます。

買わなかった馬が来る悔しさは、買い目を絞ったことによって発生する必要経費のような面もあります。

「見送り成功」も記録すると印象が変わる

人間の記憶を補正するなら、買わなかった馬券の当たりだけではなく、見送って正解だったケースも記録するとよさそうです。

例えば、

気になったが見送り。

結果7着。

これは「見送り成功」です。

買おうと思ったがオッズが低すぎて見送り。

結果4着。

これも成功です。

一日の終わりに、

買わなくて後悔したレース 2。

見送ってよかったレース 8。

と分かれば、

「今日は買わなかった馬ばかり来た」

という印象がかなり変わるかもしれません。

競馬では当てることだけでなく、

不要な馬券を買わなかったことも成果

です。

「買わなかった」は損失ではない

ここはかなり重要だと思います。

単勝10倍の馬を買わなかった。

結果、その馬が勝った。

もし100円買っていれば1,000円になっていました。

しかし900円損したわけではありません。

実際の損失は0円です。

もちろん機会損失という考え方はできます。

しかし競馬には無数の買える馬券があります。

そのすべての当たりを機会損失として数え始めたら、毎週莫大な金額を「失っている」ことになります。

買わなかった馬券の利益は、

自分の口座に存在したことのないお金

です。

ここを実損と同じように感じると、次の馬券で取り返そうとする変な行動につながります。

「次は見逃したくない」が買いすぎを生む

てへぺろとしてる様子

買わなかった穴馬が勝った翌日。

「昨日みたいな取りこぼしはしたくない」

と思います。

すると、普段なら見送る馬まで買います。

昨日なら切っていた7番人気。

今日は押さえる。

気になる10番人気も100円。

ワイドにも入れる。

結果として買い目が増えます。

つまり「買わなかった後悔」は、未来の購入点数を増やす可能性があります。

これは前回考えた競馬でメンタルが崩れる構造にも近いです。

過去の失敗を回避しようとして、次の意思決定を変えてしまいます。

本当に確認したいのは「買わないルール」の精度

競馬では買うルールに注目しがちです。

AI指数1位を買う。

p_win 0.15以上を買う。

期待値1.1以上を買う。

しかし同じくらい重要なのが、

何を買わないか

です。

例えば期待値条件未満は見送る。

指数差が小さい混戦は見送る。

オッズが低すぎる人気馬は見送る。

この「買わないルール」があるから購入額を抑えられます。

当然、その中から勝ち馬も出ます。

だから見送った馬が勝ったことだけでルールを否定してはいけません。

必要なのは、見送りグループ全体の成績です。

「買わなかった馬券回収率」を出してみる

少し変わった実験ですが、面白そうです。

購入候補だったものの、最終的に見送った馬を全部100円ずつ買ったと仮定します。

そして仮想回収率を計算します。

例えば500レース分集めて、

実購入馬回収率 108%。

最終見送り馬仮想回収率 72%。

だった。

なら、見送りルールはかなり機能しています。

たまに単勝30倍を取り逃しても、全体としては買わない方がよかった。

逆に、

最終見送り馬回収率 125%。

となったら、かなり重要です。

自分は良い候補を最後の判断で落としている可能性があります。

「買わなかった馬ばかり来る」という感覚を、本当に検証できます。

人間の後悔も一つの特徴量にできるかもしれない

さらに遊びとして、

レース前に「迷った度」を記録しても面白そうです。

購入 1。

迷ったが購入 2。

迷ったが見送り 3。

完全見送り 4。

のように分類します。

そして後で成績を見る。

もし「迷ったが見送り」の馬だけ異常に成績が高いなら、人間の直感が何かを拾っている可能性があります。

逆に普通なら、

「迷った馬ばかり来る」

という印象は心理的なものだったと言えます。

AIが馬を評価し、人間が迷いを記録する。

この組み合わせも観察ログとしては面白いです。

見送った後に確認するのは「結果」ではなく「理由」

買わなかった馬が勝ったときに、

「ああ、買えばよかった」

で終わると何も残りません。

代わりに、

なぜ見送ったのか

を確認します。

指数が低かった。

オッズが低かった。

相手関係が強かった。

購入上限に達していた。

単純に点数を減らしたかった。

もし判断理由が明確なら、結果が外れてもルールは守れています。

逆に、

「なんとなく最後に消した」

なら改善余地があります。

見るべきなのは、結果ではなく意思決定過程です。

良い見送りでも勝ち馬は出る

馬のオブジェ

これは競馬で受け入れにくいところです。

期待値が低いと判断して見送った馬が、普通に勝つことがあります。

例えばAIが勝率15%と推定。

単勝5倍。

単純期待値0.75。

見送り。

そしてその馬が勝つ。

結果だけ見ると失敗です。

しかし15%なら、約7回に1回は勝ちます。

その1回が今日だっただけです。

「勝った=見送り判断が間違い」

とは限りません。

期待値判断は、単発の結果では評価できません。

AIは「正解馬を全部買う」ためのものではない

競馬AIを使っていると、

AIが勝ち馬を何位に置いたか

が気になります。

指数4位の馬が勝つ。

「拾えなかった」

と思う。

しかしAIの目的は、毎レースの勝ち馬を必ず1位にすることではありません。

不確実なレースに確率を付けることです。

例えば勝ち馬にp_win 0.12を付けていた。

それは、

「来ない」

ではなく、

「8~9回に1回程度は勝つ可能性がある」

という意味です。

その馬を馬券条件から外したとしても、勝つ日はあります。

AIの確率を二択の正解・不正解として見ると、「買わなかった馬ばかり来る」がさらに強く感じられます。

まとめ

競馬をしていると、

「買わなかった馬券だけ当たる」

ように感じることがあります。

最後に切った馬。

迷って買わなかった単勝。

削ったワイド。

選ばなかった馬券種。

そういうものに限って当たるように見えます。

しかし、その感覚にはかなり偏りがあります。

買った馬券は、当たりも外れもすべて経験します。

一方、買わなかった馬券は、当たったものだけが強く記憶に残ります。

買わなかった外れ馬券は、ほとんど記憶されません。

さらに結果を知った後なら、

単勝ではなく複勝。

馬連ではなくワイド。

三連複ならこの馬を追加。

と、いくらでも「当たりだったはずの馬券」を作れます。

だから、

「買っていれば当たっていた」

という感覚だけを積み上げると、自分は毎週大量の的中を逃しているように見えます。

しかし本当に確認したいのは、

買わなかった一頭が勝ったかではなく、買わなかったグループ全体がどうだったか

です。

見送った100頭のうち一頭が20倍で勝った。

その一頭だけ見れば悔しい。

しかし残り99頭が負けていれば、見送りルールは悪くなかったかもしれません。

逆に見送った馬全体の回収率が高いなら、そこには改善のヒントがあります。

つまり「買わなかった馬券が当たった」は、後悔する材料ではなく検証する材料にできます。

買わなかった馬。

買わなかった理由。

その後の成績。

これを残す。

すると、

「また切った馬が来た」

という感情が、

「自分の消し条件は本当に正しいのか」

という研究テーマに変わります。

競馬では、買わなかった当たりをゼロにすることはできません。

それをなくそうとすれば、すべての馬券を買うしかありません。

そして、それでは資金が持ちません。

だから必要なのは、

当たりを逃さないことではなく、逃した当たりを含めても長期的に買わない方がよい馬券を見送れること

なのだと思います。

「買えばよかった」

と思ったときこそ、その馬券だけを見るのではなく、同じ理由で見送った馬券を全部並べてみる。

もしかすると、本当に買うべきだったのかもしれません。

しかし多くの場合は、

「来た馬だけ覚えていただけだった」

という、少し安心できる結果になるのかもしれません。

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